石垣島マラソン①|がん手術から再度走るまでの話

マラソン

石垣島マラソンにエントリーした理由

2023年の秋ごろ、私は石垣島マラソンにエントリーしました。

沖縄の離島で開催されるハーフマラソンで、旅行がてらにマラソン大会に出る、というやつです。
40歳過ぎてから体力の衰えが気になりはじめ、職場帰りのウォーキングからゆっくり走るようになり、気づいたら年1回くらいは地元のハーフマラソンにも出るようになってた。
そこから「旅行先でも走ったらより記憶に残るだろうな」という気持ちが出てきて、それまでなんとなく憧れていた離島マラソンのエントリーに至った。

石垣島を選んだのは「一番行ってみたかった場所」だったから。もともと沖縄好きなこともあり、青い海とのどかな風景、そこを走るというイメージが頭に浮かぶ。タイムを狙うとかそういう話じゃなくて、走ること自体を楽しむための大会として、石垣島はぴったりやと思った。

石垣島の青い海と白い砂浜」class=
私のイメージ

さらに沖縄に住んでる友人も一緒に出てくれることになり、いままでの旅行とは違う感じで楽しみが増す。走った後は島を観光して飲みに行こう。
人知れずワクワクしながら早めに飛行機も宿も予約、あとは走るだけ、という状態やった。

大腸がん発覚│すべてがキャンセル

そして11月。大腸がんが見つかった。

最初は思考が止まった。
病変を画像で見せられて頭の中が真っ白になる感じ。ああいうのは実際に経験しないとわかりません。「これはあかんやつや…」
しかし、現実を自分で受け止めきれないというかなんというか、先生が話し続けてるのに言葉が入ってこなかった。

そのあと詳しい検査が始まって、結果が出るまでの間がとにかくしんどかった。
転移してるんちゃうか、もっと進行してるんちゃうか、悪い方向にばっかり考えてしまう。
眠れないときもある。ネットで調べては不安になって、調べるのをやめようと思ってまた調べて、を繰り返してた。それでも仕事には行っていた。あの数週間は今でもあまり思い出したくない。

とりあえず転移はなさそう、手術だけで済むかもしれないということがわかったとき少しだけ落ち着いた。そこからは、これまでの自分の生き方を振り返ったり、真剣に死というものを考えるような時間が続いた。あの期間に考えたことは今でも自分の中に残ってる。

それまで予約してた飛行機も宿も全部キャンセル。友人にも話してだいぶ心配をかけてしまった。
マラソンどころやなかった。

入院中の病室からの景色
病院からの眺め

入院と手術後の生活

年が明けて1月19日に手術を受けた。

初めて手術を受けて、自分の体が思うように動かない状態を思い切り味わった。
「これ、普段、無意識に歩いたり走ったりしてるのってすごいことなんやな」
数日間、いろんな管につながれて一日のほとんどをベッドで過ごしていると、いままで大きな病気をせずに生きてこれたことに感謝せなあかんなぁと。加えて、病院内で他のいろんな患者さんを見かけ、普通に生活したくてもできない人がたくさんいることも実感しました。あたりまえですが、そのあたりまえが気づかないんやなぁと。
回復したらもっと自分の思うことをやろう、そんな意識が芽生えました。

ただ、手術の影響で排便の調子がかなり不安定になった。少しずつ回復はしていくものの元どおりになることはない。事前に調べて覚悟はしていたけど実際になってみるとだいぶショックです。普段の生活でもなかなか不便な状態が続き、外出するにもトイレのことが頭から離れへん。旅行とかマラソンとか、そういうことを考える気持ちにはなかなかなれんかった。

あまり先のことを考えても落ち込むだけなんで、この時期はとにかく目の前のことを考えてクリアしていこうという気持ちでやってました。

それでも、もう一度エントリーした理由

ただ、数か月の時間が経つにつれて、週1回くらいならゆっくりジョギングできるようにもなってきた。そのなかで、ずっと頭の片隅にあったのが石垣島マラソンのことやった。

「このまま終わりたくない」

うまく表現できないが、そういう気持ちがずっとあった。がんになって、手術して、後遺症が残って、だからもうマラソンは無理—そういうことにはしたくなかった。
なんかずっと負けっぱなしみたいな感じがして、これを走り切らないと一生モヤモヤしたものが残るような思いがあった。

「もっぺんやり直そう」

それが主な理由。

もう一つは、前回キャンセルになってしまった沖縄の友人のこともあった。
「一緒に出よう」と言っといてドタキャンになったことへの申し訳なさもあったし、手術後も体調を心配してくれてたことに応えないといけない。

そのような思いが重なり、石垣島マラソンは、これから自分が絶対にやらなければならないこと、という義務?使命?のようなものに感じてきました。

手術からちょうど1年後

そして2025年1月の石垣島マラソンにエントリーした。

エントリーしてしばらく経ってから気づいたけど、日程を確認したら1月19日。
手術からちょうど1年後の同じ日付やった。

実は手術はもう少し早くできるタイミングもあったけど、いろんな条件が合わなくて結局1月19日になっていた。だから完全に偶然なんだけど、それがわかったとき、なんか少しだけ「これは意味があるな」と思った。根拠はない。でもそう思いたかったのかもしれない。

手術の日を「困難の始まり」じゃなくて「また走り始めた日」として上書きしたかったのかもしない。

目標は完走│術後のマラソン準備

目標は完走。タイムとか順位とかじゃなくてゴールすること。まずはそれだけやろうと思って準備を始める。

トレーニングといっても特別なことはせず、それまでも週1回10キロ程度のゆっくりジョギングはやっていたので、大会2ヶ月前くらいから距離を15〜20キロに伸ばした程度。
ペースはゆっくりなので体力的にはたぶん大丈夫、心配は21キロという距離に足がもつかどうか。
長距離を走っていると、たまに原因不明で変なところが痛くなることがある、そういうことが起きないように足を慣らしていく作業をしていました。

あとはお腹の問題。
手術後は状態が不安定で、ちょっとジョギングするだけでも「走る前にお腹と相談」が必要な日々が続いていました。このままではレースにエントリーするのも不安で仕方がない。
大会までには何とかコントロールできるようにならないといけない。
詳細は省きますが、ネットで同じ手術を受けた方の経験談や書き込みを参考にしながら試行錯誤を重ね、少しずつ「これならいけるかも」という自信をつけていった。完全に解決したわけじゃないけど、まあなんとかなるかな、というまでになってきた。
あと、マスクと手洗いの徹底などで風邪とかひかないように気をつけて体調管理だけはしっかりやってました。

こうして石垣島マラソンに向けてじわじわと準備していった。

思えば最初にこのマラソンにエントリーしたときから1年以上が経過してた。
まさかこんな展開になるとはなぁ…
もし、こんな苦境が待ってると事前にわかってたら精神的に耐えられるかどうか。
先がわからんかったからこそ、とにかく目の前のことだけ考えて積み重ねてここまできた。
うまく表現できないけど、人生で「先がわからない、知らない」ことって大事なんかもしれない
(なんかよくわからんことを言ってるな)。

そして出発の日がきた。

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