前日は、仕事から帰って早めに荷物の最終確認をして、早めに風呂に入って、そこそこ早い時間に寝た。
緊張していたか、と言われたら、してたと思う。でもそれは「マラソンが怖い」とかそういう感覚じゃなくて、もっとぼんやりした落ち着かなさ、みたいなものだった。石垣島で何かトラブルがあったらどうしよう、とか、お腹の調子が崩れたらどうしよう、とか。いろいろと頭の中をぐるぐるするけど、考えても仕方ないことばかりで、結局「まあなんとかなるやろ」という結論に着地して眠った。
そして朝になり、関西空港から石垣島への直行便に乗った。
晴れているので地上の景色が良く見える。
久米島上空では「はての浜」を見ることができた。なんかテンションあがるなぁ。

石垣島に降り立つ
着陸前も青い海が目に入り、想像どおりのきれいさから「やっぱり来てよかった」という気持ちがすぐに出てきた。天気もよくて1月とは思えないほど日差しが明るい。こういう景色の中を走るのか、と思うと、不安よりも先に少しワクワクした。
そして飛行機を降りて、空港の外に出た瞬間に思ったのがこれ。
「あー、やっぱ寒くない。ええなぁ」
1月の沖縄離島というのは本州や関西の冬とはまるで違う。半袖とまではいかないけどコートとかダウンがいらない、空気がやわらかい。
やはりこっちはレベルが違う。この感じだけで少し気分が上がる。
ただ、テンションが上がりつつも、頭の片隅にはずっとお腹のことがあった。
排便障害というのは、なかなか普通の人には伝わりにくい。
「トイレが近い」くらいのイメージで捉えられることが多いけど、実際はもっと複雑で、日によって状態も違う。調子がいい日もあれば外出するのが不安になる日もある。旅行のときはとくに緊張するのか、状態が読みにくくなることが多かった。
昼ごはんのとき途中でトイレに立つことになっても、それを友人に変に心配させへんか、とか。そんなことを考えていた。まあなったらなったで「しゃーない」という気持ちもあったけど、それでも気にはなる。自分の体のことなのにうまくコントロールできないもどかしさというのは、なってみないとわからへんと思う。
結果だけいうとこの日はなんとか大丈夫やった。
友人と1年半ぶりの再会
空港で友人と待ち合わせた。1年半ぶりの再会。
その間にがんが見つかって、手術して、後遺症と向き合いながら回復して——そういう時間があったわけで、感慨深くなっても不思議じゃないんだけど、実際に顔を見た瞬間の第一声は「お~、久しぶり~~」くらいのものだった。お互いそれほど感傷的にもならず、すぐに「まずはご飯にしよう」という流れになった。
これが友人というもので、なんかありがたかった。
重くならずにいてくれることがあの場ではいちばん助かった。前回エントリーをキャンセルしたときも、心配しすぎず、でもちゃんと気にかけてくれていた。そういう距離感がずっとありがたかった。久々に会っても変わらずそのままで、それだけでなんか少しほっとした。
沖縄そばとアイスとコース下見
レンタカーに乗って、まずは沖縄そばを食べに行った。友人が調べてくれた地元の店で、観光客もいたけど地元の人も普通に来てる感じの店だった。
少し待ち時間があったけど食べたら美味しい。出汁がしっかりしてて麺の食感もちょうどいい。
沖縄そばって関西でも食べられないことはないけど、こういう店で食べるのとはやっぱり違う気がする。
地元に住んでいる人と旅行するとこういうところが助かる。自分で探してもこういう店にはなかなか行き着かへん。ガイドブックに載ってる店じゃなくて地元の人が普通に行く店、というのが大事なんやと思う。
そのあと翌日のコースを車で下見しながら走った。
石垣島、思ってたより広い。
車で走ってるとよくわかる。「この雰囲気の中を21キロ走るんか」という気持ちが湧いてきた。
別に怖いとかじゃなくて、なんか実感が出てくる感じ。地図で見てるのと実際に車で走ってみるのとでは全然違う。途中、海沿いの道も通ったけど、景色がきれいで「走りながらこれが見えるんやったら悪くないな」と思った。

途中、「ミルミル本舗」というアイスの店に連れて行ってもらった。マラソン前日にアイスを食べるのが正しいかどうかはわからんけど、美味しかったのでよしとする。正しいかどうかより美味しいかどうかが大事なときがある。
外に出て海を見ながら友人とアイスを食べる。昨年の不安に押しつぶされそうだった自分からしたら凄すぎる状況だった。「1年後、自分はここまでやれてる、すごい」ちょっとそんなふうに思った。
その日のお腹の状態を振り返ってみると、沖縄そばとアイスを食べた後は少し不安定な状態になったが、なんとか無事に過ごせていた。ほっとした。
旅行初日からお腹でトラブルがあると精神的にしんどくなるので「今日は大丈夫やった」というだけで一日の終わりの気分がだいぶ変わる。
レース前夜の居酒屋
夜は友人と近くの居酒屋に行った。

前回キャンセルになってしまったこと、1年半の間にあったこと、がんのこと。いろいろ話した。友人はそれほど深刻に受け止めすぎず、かといって軽くスルーするわけでもなく、ちょうどいい距離感で話を聞いてくれた。「大変だったね」と言いながらも、すぐに別の話題に切り替えてくれたりする。そういうテンポがありがたかった。こういう友人がいることのありがたさを改めて感じた夜やった。
飲みながら話しているうちに前回のキャンセルの話になった。
あのとき友人にも心配をかけてしまったし、一緒に行く気でいてくれていたのに急に「行けなくなった」という連絡をすることになった。その申し訳なさは今でも残っている。
でも「また一緒に出よう」と言ってくれたことが、今回ここに来られた理由の一つでもある。
そういうことを、ちゃんと言葉にして伝えられたかどうかはわからんけど、まあ伝わってたんちゃうかな、と思うことにした。居酒屋でそんな話を真面目にするのもちょっと恥ずかしい気がするし、友人も対応に困るかもしれないので。
翌日はレースなので、飲みすぎず早めに切り上げる。地ビールとオリオンビールを2、3杯飲んだくらいで泡盛には手を出さんかった。よく我慢した。
「明日はゆっくり飲もう」
そう言い合って店を出た。夜の石垣島の空気はやわらかくて少し潮の匂いがした。関西の1月の夜とは全然違う。温度もちょうどよくて外を歩くだけで気持ちがよかった。
前日の夜としては、なかなかええ時間やったと思う。
スタートラインに立てることへのありがたさ
ホテルに戻ってから、ぼんやり考えごとをしていた。
特別なことを考えてたわけじゃない。ただ「やっとここまで来たな」という感じがあった。
最初に石垣島マラソンにエントリーしようとしたのが2023年の秋。がんが見つかって、手術して、回復して、また走れるようになって、再エントリーして——そこから数えると、もう1年以上経ってる。その間にいろんなことがあった。しんどい時期もあったし、先のことが見えなくて不安だった時期もあった。それでもなんとかここまで来れた。
明日走れる。
それだけで十分な気がした。
完走できるかどうか、タイムがどうか、そういうことよりも先に、スタートラインに立てることへのありがたさのほうが大きかった。1年前にはこの日が来るかどうかすら正直よくわからんかった。
その日は早めに寝ることにした。
なかなかすぐには眠れなかったけど、それはたぶん普通のことで、前日の夜なんてそんなもんやと思う。天井を見ながらしばらくぼーっとして、気づいたら眠っていた。


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